けんたく交流ブログ+旅人ブログ
Home
旅人ブログ2
カズーの親バカブログ
ケンタク兄のブログ
流離サラリーマンブログ
旅人岡山
[PR]
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
2025/04/04 06:53
夏の風物詩:岡山後楽園 幻想庭園&烏城灯源郷
新型コロナの影響で次から次へと岡山後楽園のイベントが
中止になる中
、岡山の夏(8月)の風物詩、後楽園の幻想庭園&烏城灯源郷はいったいどうなるのでしょう?
予定通り開催されれば夕涼みがてらに出かけてみたいと思っています。
※写真は初めて訪れた12年前のものから昨年までのものです。
延養亭の影絵
影絵アートプロジェクト
延養亭プロジェクションマッピング 2015
影絵アートプロジェクト 2018
寒翠細響軒の影絵
後楽園のシンボル丹頂
寒翠細響軒の影絵
涼の小径
昨年の
烏城灯源郷
[13回]
PR
旅人岡山
2020/06/26 07:15
5
岡山城 プロジェクションマッピング
納涼花火大会に代わる企画として初開催された昨夏の
烏城夏まつりですが、今年は中止となったようです。
多くの観光客を集めた人気のプロジェクションマッピングの動画を撮ってましたので今日はこちらを投稿させていただきます。
2019/08/02当日の岡山城 まもなく日が暮れます。
[13回]
旅人岡山
2020/06/25 01:41
5
岡山後楽園 お田植祭
今年は新型コロナの影響で後楽園でも多くのイベントが中止されています。例年6月に開催されるお田植祭もそのひとつですが、昨年久しぶりに訪れた時の写真と動画がありますので本日の投稿はこれにします。
満開の花菖蒲
紺のかすりに赤だすき・菅笠の早乙女が男衆の太鼓と田植歌に合わせて昔ながらの田植えと田植え踊りを披露
[12回]
旅人岡山
2020/06/24 00:00
4
岡山市:ピンポン伝来の地 東山・門田界隈散策 石井のお父さんありがとう
7年前のこの時、旅行が冬眠中だった私は久々に近所をぶら〜り散策。
旅行と違って緊張感が欠けたのか途中の緩い下り坂ではよそ見をしていて凸凹に躓きヘッドダイビング、とっさに両手でかばったのですが、その両手をもろに負傷
災難はいつ訪れるかわかりません油断大敵です。(^O^;
めげずに一度家に戻り包帯を巻いて出直しです。
マツケンと言えば2012年の大河ドラマ『平清盛』の主役ですが、今回マツケンはマツケンでもマツケンサンバ、松平健主役の2004年に全国上映された「石井のお父さんありがとう」と言う日本初の孤児院を創設し、後に「児童福祉の父」と言われた石井十次(宮崎県児湯郡高鍋町出身)の生涯を描いた作品ですが、そのルーツが地元にありました。
石井十次について少し勉強してみました。
福祉という言葉すらない明治時代に生涯命がけで3000人もの孤児を救ったと言う石井十次はアメリカの南北戦争終戦直後の1865年5月5日に宮崎県、当時の日向国児湯郡上江村馬場原、高鍋藩の下級武士、石井万吉・乃婦子夫妻の長男として生まれています。
16歳で内野品子と結婚し上江小学校で教鞭を執っていましたが、直後の翌年(1882年)医学を学ぶため岡山市に移住。岡山甲種医学校(現岡山大学)に入学。同時期にキリスト教に入信。
学校卒業の翌年1887年(明治20年)巡礼途中に夫に先立たれた母親から一人の男児を引き取る。これをきっかけに孤児教育会(後の岡山孤児院)を岡山市の三友寺で創設。
濃尾地震、日露戦争、東北地方の凶作等々による孤児達を受け入れ岡山孤児院の収容者数は1200人を超えた時もあったようです。
その後は四苦八苦しながら地元経済界の大原孫三郎等の助けも得ながら運営、石井十次亡き後も岡山孤児院や茶臼原孤児院が1926年(大正15年)に活動を中止するまで大原孫三郎が引き続きフォロー
※ちなみに石井十次の長女(友子)は洋画家の児島虎次郎の奥さん。
石井十次生誕100年となる1966年(昭和41年)に石井十次記念館(岡山孤児院の家族舎、一棟のみ)が財団法人石井十字記念聖園に譲渡され、その後、石井十次記念聖園の解散により、昭和56年(1981年)に児童養護施設を運営する社会福祉法人新天地育児院に譲渡される。
この時はその石井十次記念館にも立ち寄ってみました。
2013/01/25
中区の門田屋敷電停付近ですが、
このあたりから左右でも特に左側(北側)一帯から正面東山公園に至るあたりまで孤児院の寄宿舎や学校、農園等があった場所となります。
岡山孤児院が創設された三友寺も目と鼻の先にあります。
岡山孤児院家庭舎等配置図
寄付を受けた地域、団体、企業などにちなんで札幌館や高知館、ニューヨークヘラルド館、ハリス館と言った名前が付けられていました。
このようにして家庭舎は既存の建物も含め男子部32、女子部20の計52組が出来上がりました。
現存の石井十次記念館は札幌館です。
また東山公園や大福寺、地蔵川などの位置からしてかなり広い敷地だった事がわかります。
○三友寺(岡山孤児院創設)
三友寺の門の左横にあるピンポン伝来の地の石碑(◎◎)
○石井十次記念館(札幌館)
同町内、記念館のある新天地を訪ねてみました。
孤児院在りし姿を伝える唯一の遺構です。
※家族主義
6帖×3部屋は孤児の部屋で左奥の4.5帖が保育士の部屋でその隣に台所がありました。
こちらの部屋は石井のおとうさんありがとうのロケに使用された部屋だそうです。
1906年(明治39年)後半当時、1200人に膨れ上がった時の写真です。
※委託主義
※密室教育(対座教育)
男子部食堂。ご飯はおかわり自由だった
※満腹主義
石井十次の娘友子の婚礼。
前列:大原孫三郎、寿恵子夫妻に挟まれ児島虎次郎・友子
後列:左から石井十次・辰子、炭谷小梅、石井震子
石井十次銅像(新天地)
※実行主義
※非体罰主義
※旅行教育
※米洗教育
※小学教育
※実業教育
※托鉢主義
※宗教教育
新天地ではこの時(2013年の時点)で地元岡山市や岡山県を中心に42名の孤児達の世話をしていました。
説明を加えてましたら文字数が多すぎて公開になりませんでしたので○○主義の説明文は全部消しました。
[15回]
旅人岡山
2020/06/16 18:32
4
前のページ
Home
次のページ
プロフィール
HN:
Kentaku
性別:
非公開
カテゴリー
未選択(0)
ヤンキー兄ちゃん(6)
旅人信州(8)
ぐっち(4)
y.ooshima(3)
旅人(11)
旅人京都(4)
旅人海外(13)
はなたれ小僧(0)
旅人欧州(15)
KOREA(0)
旅人欧州スイス(7)
流離サラリーマン(0)
旅人岡山(4)
旅人九州(6)
旅人関西(3)
北の旅人(5)
最新記事
古都の紅葉 大原:三千院(京都)
(07/21)
祇園の舞妓さん(京都)
(07/19)
ザーンセ・スカンスの風車群(オランダ)
(07/18)
アムステルダムのマヘレの跳ね橋(オランダ)
(07/17)
世界文化遺産:ポン・デユ・ガール(フランス)
(07/16)
RSS
RSS 0.91
RSS 1.0
RSS 2.0
リンク
管理画面
新しい記事を書く
P R
フリーエリア
ページトップ